2026年コーポレートガバナンス・コード改訂案から見るガバナンス改革の方向性

※本稿は、2026年2月26日に公表された「コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議」第2回資料を前提にしたものです。

2026年2月26日に開催された金融庁の「コーポレートガバナンス・コード改定に関する有識者会議(第2回)」会議資料として、コーポレートガバナンス・コード改訂案が公表されました。今回の改訂案の大きな特徴は、個別条文を足し引きする改訂ではなく、コードの設計思想そのものを再整理している点にあります。改訂案は序文を新設し、「攻めのガバナンス」「プリンシプルベース・アプローチ」「コンプライ・オア・エクスプレイン」「丁寧なエクスプレイン」「解釈指針の位置づけ」を明示しました。さらに、今回の「プリンシプル化・スリム化」は、単なる負担軽減ではなく、企業の実質的な対応を促すためのものだと説明されています。

この改訂は、金融庁が2025年6月30日に公表した「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム2025」で示された方向性に基づくものです。同プログラムは、企業と投資家の自律的な意識改革に基づく改革の実質化を促しつつ、「緊張感ある信頼関係」に基づく対話の促進に向けて、コーポレートガバナンス・コードの見直し等を進めるとしました。その後、金融庁・東証は2025年10月に有識者会議を開始し、2026年2月に改訂案を示しています。

改訂案の内容を通して見える方向性は、第一に、株主との対話をコードの入口に置き直すことです。現行コードでは「株主との対話」は第5章でしたが、改訂案では第1章「株主の権利・平等性の確保、株主との対話」に統合され、冒頭に移されます。これは、対話をコーポレートガバナンスの出発点として扱うというメッセージと考えられます。

第二に、取締役会を「成長戦略と資源配分の司令塔」として再定義することです。改訂案4-1は、取締役会が会社の目指すところを確立し、そこに向けた成長の道筋を構築・提示する役割を担うとします。4-2は、成長投資や事業ポートフォリオ見直しを含む経営資源の配分が適切か、現預金を投資等に有効活用できているかまで不断に検証することを求めています。4-3ではCEOの選解任・後継者計画、内部統制、全社的リスク管理、内部通報、関連当事者取引をまとめて扱い、4-4ではサステナビリティを独立した取締役会の責務として位置づけました。

第三に、形式対応から実質対応へという流れを、条文の構造そのもので促そうとしていることです。金融庁資料では、重要な補充原則を原則に格上げしつつ、具体的な例示や補助的な内容は解釈指針に移すという再整理方針が示されています。実際、CEO後継者計画、経営陣・CEOの選解任、独立社外取締役間の連携、実効性評価、トレーニング、株主との対話の対応者など、これまで補充原則だった多くの論点が原則に近づいています。

この方向性は、昨年の金融庁アクション・プログラム2025と接続しています。同プログラムは、東証の「資本コストや株価を意識した経営」の要請を踏まえつつ、経営資源の最適配分、現預金の有効活用の検証・説明責任、総会前の有価証券報告書開示、情報開示と対話の充実を、コード見直しの主要テーマとして掲げました。今回の改訂案は、その問題意識を落とし込んだものと読めます。

また、経産省は2025年4月に「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」と「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」を公表し、価値創造ストーリーの構築、適切なリスクテイク、中長期目線の経営、迅速・果断な意思決定、CEO選定・報酬・毎年の評価を整理し、ガイダンスは、取締役会とCEOら経営陣がこれを踏まえて自社のCGの在り方を議論し、具体的な体制・仕組みを検討するための土台だと位置づけています。今回のCGコード改訂案4章が強める論点と、かなり同じ方向を向いています。

東証は2023年3月に、プライム市場・スタンダード市場の全上場会社に対して「資本コストや株価を意識した経営」の実現に向けた対応を要請し、あわせてプライム市場向けに「株主との対話の推進と開示」を示しました。2024年2月には投資者の視点から見たポイントと事例、2024年11月には投資者の目線とギャップのある事例を公表しています。今回の改訂案が、資本コスト、資源配分、説明責任、対話、報酬、実効性を強く打ち出すのは、東証がこの数年積み上げてきた投資者目線の論点をコード本文に引き寄せたと言えるでしょう。

上場市場別にみると、やはりプライム市場への影響が最も大きいと考えられます。現行でもプライム市場はコードの全原則が対象であり、改訂案4-6は、プライム市場上場企業においては、指名委員会・報酬委員会の構成員の過半数を独立社外取締役とすることを「基本」として原則に置いています。加えて、東証はすでにプライム市場上場会社に対し、英文開示の努力義務と、決算情報・適時開示情報の英文開示義務を2025年4月1日施行で整備しています。今回の改訂案は、すでに進む制度・実務の強化と同じ方向にさらに踏み込むものです。

スタンダード市場も、現行でもコードの全原則が対象であり、東証の2023年要請もプライム市場だけでなくスタンダード市場を対象にしていることから、資本コストや株価を意識した経営、経営資源の配分、取締役会の監督、説明と対話の具体化は、スタンダード市場でも引き続き主要テーマになります。改訂案は、スタンダード市場に対しても「全原則適用の中身」をより実質化する圧力を強めるものといえます。

一方、グロース市場は現行では基本原則が対象であり、プライム・スタンダードと比べればコード上の直接適用範囲は狭いままです。ただ、改訂案では基本原則1そのものに「株主との対話」が組み込まれます。加えて東証は、2026年の資料で、グロース市場改革における「成長分野への投資」の加速をCGコード改訂と連動させる方針を示しました。したがって、グロース市場でも、成長投資・経営資源の有効活用・投資家対話をめぐるガバナンスの重要性は、今後さらに高まる可能性があります。

総じて、今回の改訂案から見える日本のガバナンス改革の方向性は明確です。取締役会を、形式的な承認機関から、成長戦略・資源配分・CEO人事・サステナビリティ・対話をつなぐ中核へと引き上げること、そして、会社がその取組みを「ひな型」ではなく自社の言葉で説明することです。金融庁・東証がコードと上場制度・投資者目線を整え、経産省が「稼ぐ力」の観点から実務の動かし方を補う――この3者の公表物を並べると、日本のガバナンス改革は、チェックリスト型の整備から、企業価値創造を支える運営モデルの改革へ進んでいると考えられます。

 

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