2022年7月、経済産業省は、コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)の2度目の改訂を行いました。本ガイドラインは、コーポレートガバナンス・コードを実践するための実務指針の一つとして、2017年に策定されたものです。本記事では、改定後のCGSガイドラインの内容、本ガイドライン策定の背景や位置付けについて説明します。
1. CGSガイドラインとは
本ガイドラインは、経済産業省が2017年3月に策定したコーポレートガバナンスの実務に関する指針で、企業が「稼ぐ力」を強化するために有意義と考えられる具体的な行動を取りまとめたものです。また、コーポレートガバナンス・コードとの関係は、コーポレートガバナンス・コードにより示された主要な原則を、企業が実践するに当たって考えるべき内容を示したもので、コーポレートガバナンス・コードを実践するための実務指針の一つです。企業に一律の取組を求める、または直接的な義務を課すのではなく、各社に適したコーポレート・ガバナンスを検討する際に参照すべき提言として位置付けられています。
経済産業省は、コーポレートガバナンス・コードを実践するための実務指針として様々なガイドラインを策定しており、そのうち、CGSガイドラインは、企業価値向上を目的として企業が具体的に検討すべき事項や取り組むべき事項を示す実務的な指針で、システムと名の付く通り、取締役会、監査役会、各種委員会等を中心にガバナンスの体制や運用を主な対象としています。
2. CGSガイドライン(2022年改定後)の概要
CGSガイドラインは、本文において、取締役会の在り方 、社外取締役の活用の在り方、経営陣の指名・報酬の在り方、経営陣のリーダーシップ強化の在り方について説明し、また別紙として社外取締役活用の視点、監査等委員会設置会社へ移行する際の視点、投資家株主から取締役を選任する際の視点について補足しています。それぞれの主な内容は下記の通りです。
1. 取締役会のあり方
・取締役会の役割・機能
ガイドラインは、取締役会の機能には、経営陣の指名や報酬決定を通じて業務執行を評価することによる監督機能と、個別の業務執行の具体的な意思決定を行う意思決定機能があると整理し、これまで日本企業の取締役会では、意思決定機能が重視され、監督機能が十分に発揮されてこなかった面があり、また、いずれの機能においても重要となる経営戦略の議論も不足しているとしています。そして、そのような状況にある場合には、取締役会に付議事項を見直し、経営戦略に関する議論や監督機能に関する議論を充実させることを提言しています。
なお、「監督」とは、単に執行にブレーキをかけたり、不祥事を発見することではなく、適切なリスクテイクや社内の経営改革の後押しや、リスクテイクをしないことのリスクを提起することも含むとして、適切なリスクテイクが重要であることが強調されています。
・各社の経営・取締役会の在り方の整理
取締役会を、監督に特化させることを志向するモデル、意思決定機能を重視しつつ監督機能の強化を志向するモデル、の二つに大別し、置かれている状況に応じて各社で最適なコーポレ ートガバナンスを検討すべきとしたうえで、監督に特化させることを志向するガバナンス体制の有益性が説明されています。具体的には、権限委譲により経営者の権限と責任がより明確化されること、評価がリスクテイクへの経営者の動機づけとなること、外部者により客観性が加わるなどが挙げられています。
・取締役の指名
取締役に必要な資質は、取締役会に求める役割に応じて異なるため、自社の取締役会の在り方を議論することが重要あること、そのうえで必要なスキルを満たし、ダイバーシティを考慮して検討することが必要であるとされてます。ここで、ダイバーシティは、取締役会の健全な機能発揮や、経営戦略に多様な価値観を反映させるために重要であると説明されます。
・取締役会の運営に関する論点
運営においては、まず取締役会議長の重要性が示されます。議長は、取締役会のアジェンダセッティングや招集、議事進行等、重要な役割を持つため、監督機能の実効性を確保するためには、社外取締役などの非業務執行取締役が務めたがほうよいと説明されます。
また、社外取締役が十分な情報提供を受けるため、取締役会とは別に、インフォーマルに情報提供や意見交換を行う「取締役評議会」などを設けることや、社外役員だけの場を設けコミュニケーションの確保や経営陣に対する意見形成を図ることが提言されています。
さらに、社内外のコーポレート ガバナンス関連の対応を実効的に行う体制整備が検討されるべきとし、その例として、欧米等で多く設けられている、取締役会等の運営等コーポレートガバナンス関連の実務を行うカンパニー・セクレタリーが紹介されています。
・実効性評価について
実効性評価については、第三者的な視点を取り入れながら、 自社の経営や 取締役会の在り方について取締役会で議論することが必要とし、取締役・監査役へのアンケートだけではなく、インタビューや社外役員による集団討議などが例示されています。
また、各種委員会と取締役会が一体として実効的に機能しているかや、社外取締役含む取締役個人についても対象とすること、単に点数付けするだけでなく、PDCA型のように、課題の改善につなげることが有益とされています。
2. 社外取締役の活用の在り方
・社外取締役の活用
環境が急速に変化する現代において、内部昇格中心で社内の経験に頼った経営で競争に勝つことは困難との認識のもと、資質ある社外取締役を確保しその知見・経験を活用するよう経営の仕組みを変えていく必要があるとしています。各社の状況に応じ社外取締役の比率、役割・機能等を検討の上、適切な人材を選任することが重要とし、別紙に「社外取締役活用の視点」をまとめ、検討の方法を示しています。
なお、社外取締役には、経営経験を有する社外取締役を含めるべきこと、必要に応じ社長・ CEO の選解任をリードできる人物が社外取締役に含まれていることが重要であるとしています。
・社外取締役の人材市場の充実
各社が適切な社外取締役を選任するため人材市場の拡充が必要であり、経営経験者(特に、社長・CEOやCFO等を退任した者)が積極的に他社の社外取締役を引き受けることを推奨しています。
また、社外取締役は、能動的に情報を取りに行くこと、研修等を通じた自己研鑽の努力が期待され、企業は、個々の社外取締役に適合した研修機会の提供・斡旋や費用の支援をし、取締役会もその監督を行う必要があるとしています。
3. 経営陣の指名・報酬の在り方
・経営陣の指名の在り方
経営トップの交代と後継者の指名は、企業価値を大きく左右する重要な意思決定であり、適切な取締役会の監督のもと、平時から十分な時間と資源をかけて後継者計画に取り組む必要があるとしています。具体的には「あるべき社長・CEO像」と評価基準策定、それに基づく後継者候補の選出、育成や評価など、後継者計画の策定・運用に取り組む際の7つの基本ステップを示し、「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画活用に関する指針-CGSガイドライン別冊-」において詳細な説明がなされています。
また、社長・ CEOの解職基準(解職の要否について議論を始める契機となる基準)を平時から設けておくことが有益とされ、経営目標(KPI)と対応した定量基準や時価総額の推移を指標とするなど具体的な例が示されています。
・経営陣の報酬の在り方
経営者報酬に関しては、中長期的な企業価値向上への動機付けとなるよう、業績連動報酬・自社株報酬の導入を検討することが有益であり、その際、経営戦略や経営指標との整合性が考慮されるべきであるとされています。
・指名委員会・報酬委員会の活用
社長・CEO の選解任及び 後継者計画の監督は、取締役会の下に社外取締役中心の法定又は任意の委員会を設け、その構成は過半数を社外取締役とし、社外取締役を委員長とすべきとしています。
また、指名と評価の関連性から、社長・CEOの選解任の実効性向上のため、同様に報酬委員会も併せて利用し、指名と報酬の連携を図ることが重要とされています。
4. 経営陣のリーダーシップ強化の在り方
臣が定める特定認証本章では、取締役会のみならず、社長・CEOが、リーダーシップを発揮して経営改革を推進するため、以下のような有効な社内の取り組みが紹介されています。
・体制として、社長・ CEO が経営者にしかできないことに時間を割けるよう、CXOを設置し、権限委譲を進める。
・将来の幹部候補を意識的に育成していくことが重要。自社株報酬や持株会は幹部候補の動機付けとなり、人的資本投資の拡大にも資する 。
・経営戦略の策定においては、上場企業の企業価値は資本市場において評価されるという意識のもと、競争優位を生み出す研究開発や人的資本などの無形資産の投資・活用、資本コストを意識した事業ポートフォリオの最適化、内部留保の使途を巡る議論等を考慮することが重要。
・戦略やサステナビリティ等の特定のテーマを社長・ CEO のコミットメントの下で全社的に検討・推進するための 委員会を設けることも有益。
・社長・CEO経験者を相談役等とする検討において、指名委員会・報酬委員会を活用し、具体的な役割期待を明確にし、それに応じた報酬等を設定し、また人数、役割、処遇等について外部に情報発信すべき。
・現社長・CEOに権限を集中させることの是非を踏まえて、取締役会長の権限・肩書(代表権の付与等)を検討すべき。業務電子証明書」等が必要となります。
2. CGSガイドラインの制定と改訂の経緯
1.指針策定の目的
コーポレートガバナンス改革を「形式」から「実質」へと深化させるため、日本企業の伝統的な経営システムを変化させていくことが必要との認識の下、そのための具体的な行動をとりまとめた指針として、2017年に経済産業省においてCGSガイドラインが策定されました。そしてCGSガイドラインの普及に努めるとともに、CGSガイドラインに基づく企業の取組状況をフォローアップし、必要に応じてCGSガイドラインの見直し等を行うとされています。
2.2022年改訂の背景
2022年改訂CGSガイドラインでは、問題意識として日本企業全体としての「稼ぐ力」が引き続き低迷していることや、コーポレートガバナンス改革が道半ばであることを指摘したうえで、以下のように説明しています。
「企業がグローバルな競争を勝ち抜き、中長期的な企業価値向上を実現するには、長期的な価値創造ストーリーを描いた上で、イノベーションや成長に向けた投資の促進が必要です。そのためには、経営者のアントレプレナーシップ(企業家精神)やアニマルスピリットが健全な形で発揮され、より良い経営戦略を立案し、スピードを持ってリスクテイク出来る環境を実現することや、上場企業の経営が企業価値の向上を強く意識したものであることが、望まれています。」
そのうえで、優れた経営者を選び出すとともに企業価値向上を意識した経営を行うようエンカレッジすること、社外取締役の意識を変え資質向上を図ること、監督側だけでなく執行側と監督側の双方の機能強化を相乗的に推進すること、企業がコーポレートガバナンスの原則を理解したうえで自律的に工夫を行うこと等を考慮し改訂がなされました。
4. まとめ
CGSガイドラインは、企業における社長・CEOや経営戦略の重要性を強調しつつ、ガバナンスの透明性と合理性確保するため、社外取締役を中心とした実効性のある監督体制を築くことを求め、そのためにコーポレート・ガバナンス・システムに関わる様々な論点について、日本の実務に即し考え方やベストプラクティスを説明するものです。自社のコーポレート・ガバナンス・システムを検討する上で有用なガイドラインであると同時に、コーポレートガバナンス・コードの諸原則の解釈に役立ち、コンプライする場合にもエクスプレインする場合にも有用な記述が多く含まれています。そのため、各社においてガバナンスの在り方を検討する際には、優先的に参照されるべき指針であると考えます。