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『信頼』がガバナンスの礎。企業と投資家の対話では “実質”を語るべし(後編)

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「投資家もコンサルタントも社外役員も、大事なのは会社の中の人が本音を共有したくなるような信頼関係だ」

今回は、経営者→投資家→コンサルタントとキャリアを積み重ね、ガバナンス領域において各種諮問会議委員などにも多数参加しているブランズウィック・グループの江良氏にご自身のガバナンスに対する捉え方、企業は投資家との対話で何を伝えるべきか、そのためにガバナンスはどうあるべきかという観点でお話しを伺いました。本記事はその後編です。

前編はこちらから

・ご経歴

1999年 大学在学中にインターネット関連企業を創業(代表取締役社長)
2006年 日興アセットマネジメント入社(アナリスト/コーポレートガバナンスマネージャー)
2011年 ブラックロック・ジャパン入社(マネージング・ディレクター兼インベストメント・スチュワードシップ部長)
2025年 ブランズウィック・グループ入社 パートナー
その他、各種諮問会議委員経験多数

インタビュアー画像

・インタビュアー

ガバナンスクラウド株式会社
代表取締役 上村はじめ
1999年センチュリー監査法人(現あずさ監査法人)入所。 監査、フィナンシャルアドバイザリーに従事 2004年(株)カカクコム入社。経営企画、IR、コーポレートガバナンス業務を担い2009年取締役としてコーポレート部門責任者を務める 2020年 コーポレートガバナンス・財務コンサルティング事業を開始。2021年 6月 ガバナンスクラウド(株)設立。 上場企業、海外企業含む多数の社外役員経験あり。公認会計士。

あるべき取締役会の形

上村「取締役会の位置付けとして、モニタリングボードかマネジメントボードかという論点もありますが、この点についてはどのようにお考えですか?」

江良氏「取締役会の役割は会社によって異なるので、一概には言えませんが、一般論としては、取締役会は個別具体的な意思決定ではなく、大きな方針を議論する場であると思います。でないと、社外の人が機能することともなかなか難しいと思います。取締役会とその構成員の役割をはっきりさせることは大事なのではないでしょうか。」

上村「社会が急速に変化していることを前提に、取締役会は世の中の状況を把握し戦略を練ることに集中し、日々の業務執行は執行部に任せるべきという考えですね。それがグローバルなコンセンサスなのでしょうか?」

江良氏「はい。経営に求められるスピード感は早くなる一方だと思います。そのためには、現場に近い人が適切に早く意思決定をしないと勝てません。重要な意思決定について全てを取締役会を開催して一気にやっていくことは難しくなりつつあるのではないでしょうか。
今後はなるべく個別具体的な経営に関する権限はCEOを中心とする経営執行チームに委ね、社外役員は大きな企業の経営方針や方向性について意見を述べるべきと思います。そのうえで、最も大事な役割は経営を任せた結果うまくいかない場合に、CEOの交代を促す形でガバナンスを効かせることではないでしょうか。日本は経営戦略など、実際に実行する前の計画や議論を重視する傾向があるように感じますが、実行してみてダメだった場合のリカバリーが的確かという点も含めて、経営の結果責任をもう少し徹底しても良い気がします。」

上村「海外では、結果で見る弊害は出ていませんか?」

江良氏「単一のパーフェクトな評価方法はないと思います。結果において評価すべきポイントは、バランスも大事ですし、その時々の経営環境や状況次第で異なるべきだと思っています。ただ、定量、定性含めどういう形で結果を見てほしいのかを、執行サイドが示すことも重要だと思います。当然それが妥当なものであるかは議論が必要ですが、『これが経営として重視している項目や結果』と合意し、それを達成できるかどうかによって評価されることがフェアな形なのではないでしょうか。」

上村「定量だけではなく定性的なところやプロセスも見てみんなで話し合って決めるから、その結果に納得感があるということですね。」

江良氏「もちろん、厳しい評価となった場合に、その評価を受ける本人から見て完全に納得感があるかはわかりませんが、少なくともフェアな評価とはいいやすいのではないかと思います。また、海外との違いで考えないといけないのが、経営者の流動性の違いです。残念ながら経営者の解任が妥当となった場合に、当然その後任を考えなければなりませんが、そのときに外部か内部どちらから選任するかという議論は当然あります。どちらが良いかは会社のカルチャーやその時々の状況判断次第だとは思いますが、少なくとも選択肢を考える時に、日本の会社の方が経営者の流動性が低いので、検討しうる選択肢が少ない気がしますね。」

上村「そうですね。形式を整えるだけなら難しくありませんが、そこに実を伴ったものをつくろうとすると、特に社外から適任者を見つけるのは難しいですよね。」

江良氏「そのときの経営状況によって適任者も変わるでしょうし、選任は容易ではありません。そもそも海外でも、外部からいきなり経営者を連れてきた場合の成功率はそこまで高いとは言えない印象を受けています。トップではなく、一つ下のレイヤーでは社外人材も積極的に採用し、社内で数年経験を積んでもらってからCEOの候補にするなど戦略的に進めルことが理想的であるとは思いますが、実際には予定通りいかないことも多いとは思うので大変でしょうね。」

上村「ガバナンスなどはある程度、外部から専門家を入れることで補えると思いますが、社長としてリーダーシップを発揮するには、その会社の事業の本質やカルチャーに適した経営判断ができると共に『この人ならついていきたい』と思えるような人が理想ですね。そのための実績とリスペクトを社内で築くという意味でも、中核人材の育成は重要ということですね。」

江良氏「中核人材の育成は大事だと思います。人の問題は非常に難しくて、正直実際に一緒に働いてみないとわからない部分がたくさんありますよね。例えば、指名委員会の話になると、社外の人が評価をすることを求められるわけですが、これは大変難しい仕事です。タッチポイントが限定されている中で、人材に関する判断をしなければならないためです。だからこそ、大変な仕事であるということを前提に仕組みをつくらないと、例えば表面的なプレゼンテーションが上手い人に肯定的な評価が多くなってしまうリスクなど適切な判断を下せない事態になりかねません。
いろいろな意味で見極めが大事なので、社外取締役にもそれなりの覚悟が求められると思います。会社の中にしっかりと受け入れてもらって、なるべく多くの情報を得た上で判断する意欲と時間をかける覚悟、当事者意識がすごく大事です。」

コンサルタントとしてのいま

上村「コンサルタントは企業に寄り添う立場で、企業の本質を理解することが重要になると思いますが、投資家時代も同じように活動されていたのでしょうか?投資家からコンサルタントになり、スタンスは変わりましたか?」

江良氏「もともと投資家であった頃から、企業の中の人たちがどういう思いでいるのかということに関心があったので、そういう意味では変わっていません。
投資家時代になるべく心掛けていたのは、できる限り、同じ会社のさまざまな層の方々とお会いすることです。経営者や社外役員、現場の人たちにもお会いして、皆さんの目指す方向性や価値観、発しているメッセージに一貫性があるか、それぞれがどういう思いを持っているのかを見ていました。すると、だいたいの課題が自然と見えてくるんです。こっちが明示的にしなくても『上の方はああ言っていますけど、実はこうなんですよね』などとむしろ課題を教えてくれるようなケースもあります。

また、投資家時代から「よく『投資家っぽくない』と言われていました(笑)。先日も『ずっと人の話を聞いていますよね。だからついつい喋ってしまう』とある役員に言われました。いろいろと教えていただいた上で自分なりの仮説を立てた方が合理的で建設的だと思ってはいますが、話を聞くのが個人的に好きなだけという部分も大きいです。お話をお伺いした後に、外からの見え方や改善点を伝えるよう心掛けています。他方で、自分の過去の経験を重視し過ぎてしまう、逆に自分の興味があるテーマや専門分野以外は一切興味を示さないというのも意味がないと思っています。したがって、色々なことに当事者意識と関心を持つことが信頼関係の構築につながると考えていて、これはガバナンスの世界に当てはめると“形式”から“実質”の整備を進めるにあたって極めて重要なポイントだと思っています。
またコンサルタントは企業の取り組み内容や考え方を理解した上で厳しい分析をした上で、ソリューションを提供することが仕事だと思っています。
いまはコンサルタントという立場になったので、それを少し早い段階から言えるようになりました。何か情報を発表する前にはどういう目線であるべきかをお伝えしますし、『この発表をしたら、たぶん投資家は誤解しますよ』とか『この経営戦略は短期視点すぎませんか』とか、具体的なことを話すようにしています。」

上村「投資家と企業が良いエンゲージメントをキープしようと思っても、フェア・ディスクロージャーの観点で、公表していないことは話せないという面がありますよね。何でもかんでもオープンにはできず、話す内容の匙加減が難しくて形式的な話に終始してしまうケースはあると思います。そのあたりは投資家サイドがうまく聞き出せば良いのでしょうか?」

江良氏「そうですね。僕はあえて、どのような考え方やプロセスがあって、意思決定に至ったのかなど過去のことを聞きます。公表されている事実についての意思決定プロセスを理解しようとします。これは思考回路が理解できれば、会社が信頼に値するか判断ができますし、またその会社の今後の方向性もより理解できます。このようなお話を聞いた上で『この話は面白いし参考になるので、統合報告書に書いたら投資家にも役に立つのではないか』とアドバイスして実際に掲載されたケースは結構あります。」

日本のコーポレートガバナンス改革について

上村「日本のコーポレートガバナンスは、この10年で大きく進んだと言われる一方、グローバル水準には追い付いていないという声もありますが、どのように思われますか?」

江良氏「海外と単純比較して評価することは難しい気がします。国ごとにあるべきガバナンスの形は異なることが自然であることと、どちらかというと、個々の企業ごとの違いの方が大きいと思うためです。例えばサクセッションプランは、日本は経営者の流動性が低いという面はあるものの、世界中、どの会社でも非常に難しい話なので、このポイント一つとっても比較できません。
ただ一つ日本におい実務的に悩ましいなと思う点は、言語が日本語だということ。時差もあるので海外の人を取締役会に入れることの運営上のハードルも低くはない。物理的な課題が大きいでしょう。
加えて現実的な話をすると、日本の場合は取締役会を月1以上の頻度で開催しますが、海外は年7〜8回程度です。1回あたりの時間は合宿のように長いですが、回数が少なければ、社外役員も予定の調整がしやすく、まとまった時間があるので戦略的な話をしやすいように思います。ただし、回数が少ないことの弊害もあって、頻度が少ないために前回の議論をみんなが忘れないようにする工夫が必要です(笑)」

上村「事務局の役割も異なりますね。現状、日本の取締役会は法定や執行に関する審議事項が多いため、頻度が多くならざるを得ない面もありますね。戦略の議論を増やすように求められていますが、各部門からの議案収集に時間を費やされていて、さらに海外の取締役会のように、戦略の議論が加わると事務局の負担は膨大になりそうです。」

江良氏「それは会社によるかもしれません。ただ、多忙を極める経営トップが取締役会の運営にも責任を持つとなると時間的に難しい印象もあります。この辺りは、今後さらに取締役会議長、社外取締役や筆頭社外取締役の役割が大事になると思います。
また、先ほど海外の取締役会は頻度が少ないと伝えましたが、戦略委員会や指名委員会などの委員会や取締役同士のコミュニケーションはそれなりの頻度で取っていることが多いです。そういう意味では、スタイルが異なるだけで実際の議論の回数や集まり方は、そこまで差がないのかもしれませんね。」

上村「日本でも取締役会ではなく経営会議等法定外の会議を含めると経営戦略もかなり時間を割いていますね。社外役員を含む場でオープンに議論する事に抵抗があるのですかね」

江良氏「抵抗もあるかもしれませんが、真面目さもあるのかもしれません。ある程度形にした上で見せないといけないという意識は強い気がします。
そういう意味では、社外役員も含めた受け取り側の意識も大事です。前広に議論してほしいため、あえて生煮えの状態であえて出しているのであって、叩き台であるということを前提に議論することも大事です。」

会社の経営を支えているという自覚と責任感を持ってほしい

上村「最後に、読者、特に取締役会事務局の皆さまにメッセージをお願いします。」

江良明嗣氏と上村起立

 江良氏「事務局は重要な役割を担っており、社内外のさまざまな関係者との連携や調整も多く業務的負担も大きいと思います。しかしガバナンスの内容や取締役会の議論の質を向上するためには、適切な情報共有や連携を担保する事務局の役割が非常に大事で、企業の根幹に関わるものです。なので、そのような重要な役割を担っているという自覚と責任感をぜひ持っていただけると嬉しいです。また、ガバナンスの実効性向上に向けた提案をすることも可能ではないでしょうか。ご自身が会社の経営とガバナンスを支える重責を担っているのだという意識を持ちながら仕事をしていただけると、非常にありがたいです。」

・取材を経て

投資家時代の江良様から取材いただいたことは何度もありましたが、今回初めて江良様のお考えを伺う機会をいただきました。当時、本質を見ていただいている印象と同時に、見透かされているという感覚があったのですが、あらためてお話を伺いその理由が分かった気がしました。
ガバナンスの礎は信頼であるということ、信頼を得るには本質を追求する姿勢とコミットメントが重要とは、さまざまな立場を経験されながらも一貫した信念をお持ちの江良様ならではのお言葉と思います。
企業規模が大きくなればなるほど投資家等ステークホルダーに様々な意見があるのは当然で、経営陣はもちろん、社外役員、事務局が一丸となって価値創造を追求することが重要というメッセージと感じました。

江良様にはお忙しい時期に長時間に渡りご対応いただき心より感謝を申し上げます。

 

ガバナンスクラウド株式会社
代表取締役 上村はじめ

図6