2026年7月21日、金融庁および東京証券取引所より、コーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)が確定・公表されました。2021年6月以来、5年ぶりの改訂です。改訂案(2026年4月10日公表)に対して147の個人・団体から意見が寄せられ、それを踏まえて確定に至りました。東京証券取引所は同日付で有価証券上場規程の一部改正を施行しており、東証における名称は「コーポレートガバナンス・コード(2026年7月版)」とされています。
本稿では、改訂の全体像に加え、改訂案・現行版からの実際の変更点、適用スケジュールとコーポレート・ガバナンス報告書(CG報告書)の実務、そして取締役会運営と事務局実務への影響という観点から、確定版を読み解きます。
■ 改訂の主眼 ― 「プリンシプル化」と「実質化」
今回の改訂を貫く考え方は、コード策定時のプリンシプルベースの精神への回帰です。金融庁・東証は概要資料の中で、企業が持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向けた本質的な取組に注力できるよう後押しする観点から、「コンプライ・オア・エクスプレイン」の対象となる原則の内容を概念的・抽象的なものに限定し、各原則への対応を支援する具体的な内容や趣旨を記載した「解釈指針」を新設した、と説明しています。
あわせて、コードの趣旨・精神を再周知する観点から序文が新設され、(1)コードが市場における中長期の投資を促す効果も期待していること、(2)コンプライする場合・しない場合のいずれであっても、その理由を丁寧に説明することが投資家との建設的な対話に資すること、が明記されました。
ここで重要なのは、確定版が念押ししている点です。プリンシプル化・スリム化は、企業の対応コスト・開示負担の軽減のみを意図したものではなく、コンプライ・オア・エクスプレインの対象から外れて「解釈指針」に移された記載や、コードから削除された記載について、その重要性が失われたと考えることは適切ではない、と明確に述べられています。「補充原則が消えた=やらなくてよい」ではない、という点は、実務上の最大の誤読ポイントになりそうです。
■ 適用スケジュールとCG報告書の実務 ― 事務局の当面の重要論点
実務対応の起点となる日程と、CG報告書の取扱いは次のとおりです。
改訂コードは、東京証券取引所の有価証券上場規程の一部改正として、2026年7月21日から施行されています。そのうえで、東証の公表資料(制度要綱および「コーポレートガバナンス報告書の更新について」)によれば、上場会社は、改訂後のコードの内容を踏まえたCG報告書を、自社の状況に応じて更新時期を検討のうえ準備ができ次第、2027年7月末日までに提出するものとされています。約1年の準備期間が置かれた形です。
事務局にとって重要なのは、移行期間中の定期更新の取扱いです。東証の案内によれば、2027年7月末日までのCG報告書の定期更新は、現行(改訂前)コードに沿った更新でも差し支えないとされています。ただしその場合には、改訂前のコードに基づいて更新している旨を明記するなど、改訂前の内容に沿っていることが分かるように記載したうえで、当該期限までに、改訂後のコードに基づく更新を別途行うことが求められます。つまり、今期の総会後の定期更新をどちらのコードベースで行うか、改訂対応の更新をいつ行うかを、各社が主体的に設計する必要があります。
コンプライ・オア・エクスプレインの対象範囲も、補充原則の廃止に伴い見直されました。改訂後のコードは基本原則4個・原則26個で構成され、プライム市場およびスタンダード市場の上場会社は「基本原則・原則」が、グロース市場の上場会社は「基本原則」が対象となります。解釈指針はコンプライ・オア・エクスプレインの対象ではありませんが、原則の実施等を検討するにあたり参照することが期待される、と位置づけられています。
また、東証はCG報告書の記載欄と改訂後の原則の対応も示しています。「コードの各原則を実施しない理由」欄では、どの原則に関する説明かを項番等で具体的に特定して記載すること、「コードの各原則に基づく開示」欄は改訂コードの内容に沿って更新することが求められ、開示原則の新旧対応(例:中核人材の多様性に関する開示は旧補充原則2-4①から新原則2-2へ、スキル・マトリックスと実効性評価の概要は旧補充原則4-11①・③から新原則4-13へ、任意の委員会構成の独立性は旧補充原則4-10①から新原則4-7へ、研鑽の方針は旧補充原則4-14②から新原則4-15へ)が整理されています。あわせて、サステナビリティの取組み等(旧補充原則3-1③)、経営陣への委任の範囲(旧補充原則4-1①)、独立性判断基準(旧原則4-9)、取締役・監査役の兼任状況(旧補充原則4-11②)に係る従来の開示原則は廃止されました。既存のCG報告書の記載をそのまま流用できない箇所が広く生じるため、新旧対応表に沿った棚卸しが必要です。
■ 改訂案・現行版からの実際の変更点
確定版とあわせて公表された「改訂前からの変更点」(別紙2)のうち、取締役会運営と事務局実務への影響が大きい変更点を取り上げます。
1. 補充原則の廃止と「解釈指針」の新設、原則の再編
従来の補充原則が再整理され、ガバナンスの中核となる箇所が原則に格上げされる一方、法令等との重複箇所が削除されました。全ての基本原則と一部の原則には「解釈指針」が付され、これはコンプライ・オア・エクスプレインの対象外ですが、原則の背景・目的やベストプラクティス・グッドプラクティスを示し、実質的な対応を支援する役割を担います。
この再編に伴い、原則の配置と番号が広く変わっています。例えば、取締役会全体の実効性評価に関する原則(毎年の分析・評価と結果概要の開示)は新4-13に、独立社外取締役の数の確保に関する原則は新4-10に、任意の指名委員会・報酬委員会に関する原則は新4-7に、それぞれ再配置されています。社内規程やCG報告書で原則番号を参照している場合は、確定版の構成に沿った対応関係の確認が必要です。
2. 経営資源の配分(原則4-1・4-2)
今回の中心テーマです。取締役会の役割・責務として、会社の目指すところに向けた成長の道筋を構築すべきことが追記され、成長投資(設備・研究開発・人的資本・知的財産等の無形資産への投資等)や事業ポートフォリオの見直し等の経営資源配分に関し、具体的に何を実行するのかを説明すべきことが強調されました。さらに原則4-2の解釈指針では、現預金等の金融資産や実物資産を成長投資等に有効活用できているかを含め、適切な経営資源の配分が実現されるよう不断に検証を行うべきことが示されています。現預金の活用が名指しされた点は、資本効率を巡る近年の議論を反映したものといえます。
3. 取締役会の機能強化と事務局(原則4-14の解釈指針)
社外取締役の実効性向上に向け、独立社外取締役の役割・責務、質・数の確保、独立性確保の重要性が原則・解釈指針で強調されました。そのうえで、取締役会の審議の活性化に向けて、議長や独立社外取締役を含めた取締役を支援する重要な役割を果たす事務局(コーポレートセクレタリー等)の機能強化を推進すべき旨が、審議の活性化に関する原則の解釈指針に追記されています。
確定版の解釈指針は、取締役会事務局について、会議運営を行う単なる事務方としての役割にとどまらず、取締役会やその傘下の各委員会が実効性ある議論の場となるよう、当該会議体の果たすべき役割・責務に照らして適切な審議事項を定めるなど、その運営を能動的に行うことが望ましい、と述べています。とりわけ、独立社外取締役が議長を務める場合や社外取締役の比率が高い場合には、事務局が果たす機能が特に大きくなる、との指摘もあります。事務局を「議事を回す部署」から「議論の質を設計する機能」へと位置づけ直す方向性が、明文で示されたことになります。
4. リスク管理(原則4-4の解釈指針)
リスク管理に関する取締役会の責任が強調され、体制整備の考慮事項として、サイバーセキュリティリスク、経済安全保障を巡る環境変化等の地政学的要因によるサプライチェーン途絶リスク、技術等の情報流出リスクへの対応が含まれ得ることが解釈指針に追記されました。
5. 有価証券報告書の株主総会前開示(原則1-2)
有価証券報告書を株主総会前に提出することが、株主総会における権利行使に係る適切な環境整備の重要な例として原則に追記されました。解釈指針では、総会開催日の3週間以上前の提出が最も望ましく、基準日・総会開催日の後ろ倒しも含めて検討することが考えられる旨が補足されています。あわせて金融庁は、有価証券報告書と事業報告等の一本化、会社法上の監査と金融商品取引法上の監査の一元化、有価証券報告書の記載事項の整理といった制度的な検討を、法務省と連携して並行して進める、としています。総会日程の設計に踏み込む論点であり、今後の制度的検討の動向とあわせて注視すべき部分です。
6. ステークホルダーとの協働(基本原則2の解釈指針)
株主以外のステークホルダーとの適切な協働の例示として、人的資本への投資や適切な分配、取引先との公正・適正な取引が解釈指針に追記されました。中核人材への登用等における多様性の確保(自主的かつ測定可能な目標の決定)、人材育成方針・社内環境整備方針の開示は、原則2-2として引き続き求められています。
■ 全体としての見立て ― 「形式」から「実質」へ
今回の改訂は、原則の数や文言だけを追えば「整理・スリム化」に見えます。しかし本質は、コンプライしたか否かという形式的な確認から、各原則の趣旨・精神に照らして自社のガバナンス課題を検討し、自律的に対応しているかという実質へと、評価の軸を移すことにあります。確定版が「丁寧なエクスプレイン」を繰り返し求め、ひな型的・表層的な説明を戒めているのは、その表れです。
この「実質化」を、実際の取締役会運営に落とし込むと、次の3つのサイクルに集約できます。第一に、企業価値の向上に必要なテーマ(経営資源配分、後継者計画、リスク、サステナビリティ等)を、年間を通じて取締役会で実質的に議論すること。第二に、その議論の内容と結論を、株主に対して丁寧に説明すること。第三に、その運営が機能しているかを実効性評価で振り返り、翌年の議題設計に反映させること。
■ 事務局・議題設計の観点から ― 何を準備すべきか
この3つのサイクルの起点になるのが、年間の議題設計(アジェンダ・セッティング)と、それを支える取締役会事務局です。今回の改訂で事務局機能の能動化が明文化されたことは、事務局の実務担当者にとって、負担の増加であると同時に、取締役会の実効性を高める主体としての位置づけを得る機会でもあります。
確定版を踏まえ、事務局が当面確認しておきたい観点を挙げます。
・CG報告書の更新方針が決まっているか。2027年7月末日の期限に向けて、今期の定期更新を改訂前・改訂後どちらのコードベースで行うか、改訂後コードに基づく更新をいつ行うかの計画を立て、開示原則の新旧対応表に沿って既存記載の棚卸しを始めることが出発点になります。
・年間の議題計画に、今回強調された論点(経営資源配分・成長投資の検証、後継者計画、リスク管理、サステナビリティ・人的資本、有報の総会前開示に関わる総会日程の検討)が、適切な区分(決議・協議・報告)で織り込まれているか。
・「解釈指針」に移された事項について、「対象外になったから対応不要」と誤読していないか。むしろ、解釈指針はベストプラクティスを示すものとして、実質的な対応の指針になります。
・実効性評価において、上記の議論が実際に取締役会で行われ、機能したかを振り返る設問が設計されているか。
当社は、取締役会運営の実質化と事務局機能の強化を支援する立場から、今回の改訂を踏まえた情報提供とGovernance Cloudの機能強化を順次進めてまいります。
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参考リンク
・金融庁:コーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)の確定について
https://www.fsa.go.jp/news/r7/singi/20260721.html
・東京証券取引所:コーポレートガバナンス・コード(2026年7月版)の公表について
https://www.jpx.co.jp/corporate/news/news-releases/1020/20260721-01.html
・東京証券取引所 コーポレート・ガバナンス
https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/index.htmll
上村はじめ
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