コーポレートセクレタリー(Corporate Secretary/英国では Company Secretary)とは、取締役会の運営を支え、ガバナンス(企業統治)と法令遵守を専門的に担う役割・専門職を指します。 単なる会議の庶務担当(事務局)ではなく、取締役会の「信頼されるアドバイザー」として、議題設定から法令・規制の助言、社外取締役の支援までを担う、欧米では確立されたポジションです。
2026年4月に公表されたコーポレートガバナンス・コード(CGコード)の改訂案では、「取締役会事務局(コーポレートセクレタリー等)」の機能強化が4つの柱の一つに位置づけられました。本記事では、英国を中心とした海外のカンパニーセクレタリー事情を整理したうえで、今後の日本のコーポレートセクレタリーに求められる役割・機能と、その実装をどう進めるかを解説します。
この記事の要点(先に結論)
- コーポレートセクレタリーは、欧米では「取締役会の信頼されるアドバイザー」「ガバナンスの専門職(governance professional)」として確立し、英国の公開会社では法律で設置が義務づけられている。
- その中核機能は、①法令・規制・ガバナンス変化の助言、②秘密の相談相手、③取締役会の議論における健全な異論の3つに集約される。
- 日本の従来の「取締役会事務局」は、庶務・日程調整中心の受動的な役割にとどまりがちだった。
- CGコード2026年改訂案は、事務局(コーポレートセクレタリー等)を、社外取締役の機能発揮を支え会議運営を能動的に行う「ハブ組織」と位置づけ直した。
- 今後の日本のコーポレートセクレタリーには、アジェンダセッティング、情報ハブ、社外取締役サポート、実効性評価の運営といった、より戦略的な機能が求められる。
コーポレートセクレタリーの基本的な定義や、2026年CGコード改訂案での位置づけは、別記事「CGコード改定案の「コーポレートセクレタリー」とは何か?」で解説しています。本記事では、海外(英国など)の先行事例を起点に、役割・機能を深掘りします。
コーポレートセクレタリー(英国では Company Secretary)は、もともと19世紀半ば、近代的な会社制度が整備された際に「上級の会社管理者」を指す職名として生まれました。しかし今日では、その職務と責任は会社の事務管理(company administration)をはるかに超えて、広範かつ重要なものになっています。
英国の専門資格団体である The Chartered Governance Institute(CGI、旧 ICSA:Institute of Chartered Secretaries and Administrators) は、この役割を「ガバナンスの専門職(governance professional)」と総称し、取締役会にとっての「信頼されるアドバイザー(trusted adviser)」と位置づけています。職名も、company secretary に加え、chief governance officer(最高ガバナンス責任者)、head of governance、governance manager など多様化しています。
つまりコーポレートセクレタリーとは、「取締役会が実効的に機能するための、法務・ガバナンスの専門家であり、取締役会と経営陣の橋渡し役」だと理解するのが、海外の実態に最も近い定義です。
2. 海外のカンパニーセクレタリー事情
2-1. 英国:法定の「ガバナンス専門職」
英国では、公開会社(public company)はカンパニーセクレタリーの設置が会社法(Companies Act 2006、第271条)で義務づけられています。 非公開会社(private company)については2006年に設置義務が撤廃されましたが、その職務・機能自体が消えたわけではなく、むしろ役割の重要性は年々高まっています。
公開会社のカンパニーセクレタリーには、法務・会計・ガバナンスのいずれかの素養が求められ、CGI のような専門資格団体の会員資格が一般的な要件とされています。
英国コーポレートガバナンス・コードも、カンパニーセクレタリーの役割を明示的に認めています。具体的には、すべての取締役がカンパニーセクレタリーのサービスを利用できることを求め、議長の指揮の下で、取締役会・各委員会の内部、および経営陣と非業務執行取締役(NED)との間の情報の流れを確保し、新任取締役の導入研修(induction)と育成を支援する役割を担います。
CGI は、取締役会の信頼されるアドバイザーとしてのカンパニーセクレタリーに、次の3つの主要機能があると整理しています。
- 法令・規制・ガバナンスの変化に関する助言:組織に影響しうる動向を継続的にモニタリングし、取締役会に適切にブリーフィングする。
- 秘密の相談相手(confidential sounding board):議長や各取締役にとって、機微な事項を相談できる信頼された助言者となる。
- 取締役会の議論における健全な異論(challenging voice):専門的経験と組織の歴史的知見に基づき、控えめだが本質的な指摘を行う。
さらに英国コードの下では、カンパニーセクレタリーの責任は次の6領域に及びます。
- 取締役会の構成・手続き(付議事項の整理、会議スケジュール、議題作成、資料の適時配付、決議の正確な記録など)
- 取締役会の情報・育成・関係(新任取締役の導入研修、業務執行・非業務執行間のコミュニケーション支援、実効性評価の支援など)
- 報酬(報酬委員会のコード理解の確保、開示要件の遵守支援など)
- 監査・内部統制(内部統制ガイダンスの適用助言、内部通報制度の運用など)
- 株主対応(株主との継続的対話、株主総会の運営、機関投資家対応など)
- 開示・報告(ガバナンス開示の年次報告書への記載、関連文書の公開など)
加えてカンパニーセクレタリーは、「組織の記憶(organisational memory)」として、IPO(新規株式公開)、M&A、資金調達、危機対応といった重要局面の中心に立ち、CEOと議長の双方のチームをつなぐ橋渡し役を果たします。
2-2. 米国:Corporate Secretary から Chief Governance Officer へ
米国では Corporate Secretary が上級役員として位置づけられ、近年はその役割を「Chief Governance Officer(最高ガバナンス責任者)」として格上げ・明確化する企業が増えています。ガバナンスの助言機能が、肩書きのうえでも正式に組み込まれつつあるのが特徴です。
2-3. 香港・シンガポール:設立時からの法定義務
コモンロー(英米法)圏では、カンパニーセクレタリーの設置が法定義務とされている国が多くあります。香港では、会社条例(Companies Ordinance)に基づき、公開・非公開を問わずすべての会社が設立時からカンパニーセクレタリーを置かなければなりません。シンガポールでも、ACRA(会計企業規制庁)の規定により、設立後6か月以内にカンパニーセクレタリーを選任する義務があります。
2-4. 海外に共通する位置づけ
国によって制度の細部は異なりますが、共通するのは、コーポレートセクレタリーが「取締役会の信頼されるアドバイザーであり、ガバナンスを形づくり支える専門職」として確立している点です。会議の庶務担当という枠を超え、取締役会の実効性そのものを左右する存在と見なされています。
3. 日本の「事務局」と海外「セクレタリー」のギャップ
日本の上場企業にも取締役会事務局は存在します。しかし従来、その実態は、招集通知の発送、日程調整、資料の取りまとめ、議事録作成といった庶務的・受動的な役割にとどまりがちでした。海外のカンパニーセクレタリーのように、ガバナンスの専門職として議題を能動的に設計し、取締役会へ助言し、社外取締役を支援する――という位置づけは、これまで明確ではありませんでした。
この「事務局」と「セクレタリー」のギャップこそが、日本の取締役会の実効性向上における積み残しの論点であり、CGコード2026年改訂が正面から取り上げたテーマです。
4. CGコード2026年改訂で何が変わるか
2026年4月10日、金融庁および東京証券取引所は、コーポレートガバナンス・コードの改訂案を公表しました(意見募集は2026年5月15日まで。2026年夏頃の適用が見込まれています)。
今回の改訂のポイントは、次の4つです。
- CGコードのプリンシプル化/スリム化(基本原則・原則・補充原則あわせて83項目だったものを、基本原則4・原則26の計30項目へ大幅整理)
- 有価証券報告書の総会前開示
- 経営資源の適切な配分
- 取締役会事務局(コーポレートセクレタリー等)の機能強化
注目すべきは4つ目です。改訂案は、取締役会事務局(コーポレートセクレタリー等)を、社外取締役の機能発揮をサポートし、会議の運営を能動的に行うための「ハブ組織」として位置づけ、その役割・機能を解釈指針のなかで示しました。これは、日本の事務局を、海外のカンパニーセクレタリーに近い「ガバナンスの担い手」へと引き上げる方向性を明確に打ち出したものといえます。
補足:CGコードは「コンプライ・オア・エクスプレイン(実施するか、しない場合は説明するか)」を原則とします。名目上のコンプライではなく、原則の趣旨を理解した本質的な取り組みと、丁寧な説明が求められます。
5. 今後の日本のコーポレートセクレタリーに求められる役割・機能
海外の実態とCGコード改訂の方向性を踏まえると、今後の日本のコーポレートセクレタリー(取締役会事務局)には、次のような機能が求められます。
- アジェンダセッティングと年間審議計画:取締役会が大局的・戦略的な議論に集中できるよう、年間の審議計画を設計し、各回の議題を能動的に組み立てる。
- 情報ハブ機能:社内システムにアクセスできない社外取締役を含め、役員が必要とする情報へ一元的にアクセスできる環境(ボードポータル)を整える。経営陣と社外取締役の間の情報の流れを確保する。
- 社外取締役のサポート:新任役員の導入研修、社外取締役への事前説明、論点整理などを通じて、社外取締役が監督機能を発揮できるよう支援する。
- 助言・相談機能:法令・規制・ガバナンスの変化をモニタリングして取締役会に助言し、議長・各取締役の相談相手となる。
- 取締役会の実効性評価の運営:役員アンケートの設計・実施・集計・分析を担い、評価結果を次の改善につなげる。
- 議事録・コンプライアンスと「組織の記憶」:議論と決定を正確に記録し、過去の経緯を踏まえた継続性を担保する。
要するに、「庶務の事務局」から「ガバナンスを能動的に動かす司令塔」へ――これが日本のコーポレートセクレタリーに求められる進化の方向性です。
6. コーポレートセクレタリー機能を支える「Governance Cloud」
コーポレートセクレタリーに期待される役割は広範ですが、その多くは、適切なツールによって大きく効率化・高度化できます。Governance Cloud は、取締役会など役員会運営をDXで支える、コーポレートセクレタリー機能のためのクラウドサービスです。具体的には、次のように役立ちます。
- 能動的なアジェンダ運営:審議事項の年間計画を共有し、議題ごとに資料・議論・決定を体系的に管理。事務局が戦略的な議題設計に集中できます。
- 情報ハブ/ボードポータル:社外取締役を含む役員が、必要な資料へどこからでも安全にアクセス。経営陣と社外取締役の情報格差を解消します。
- 会議の効率化と議事録:会議音声をAIがテキスト化し、議題と紐付けて整理。議事録の作成・電子署名・保管までを一気通貫で支援します。
- 取締役会の実効性評価:役員アンケートの実施・集計・分析をシステム化し、評価から改善までのサイクルを回しやすくします。
- 書面決議(みなし決議)の運用:取締役会・株主総会の書面決議における同意取得や議事録作成を効率化します。
- セキュアな情報共有:機微な役員会資料を安全に共有し、ガバナンスとコンプライアンスの両立を支援します。
CGコード2026年改訂が事務局機能の強化を求めるいま、Governance Cloud は、日本企業が「コーポレートセクレタリー」を実装するための実務基盤となります。
7. まとめ
- コーポレートセクレタリーは、海外では「取締役会の信頼されるアドバイザー」「ガバナンスの専門職」として確立し、英国の公開会社では設置が法的義務である。
- その本質は、議題設定・情報流通・助言・健全な異論・実効性評価まで含む、能動的かつ戦略的な機能にある。
- CGコード2026年改訂は、日本の取締役会事務局を、海外のコーポレートセクレタリーに近い「ハブ組織」へと引き上げる方向を示した。
- 今後の日本企業には、事務局を「庶務」から「ガバナンスの司令塔」へ進化させることが求められ、その実装を Governance Cloud のようなツールが支える。
取締役会事務局の機能強化にどう取り組むべきか、具体的な進め方にご関心のある方は、Governance Cloud までお気軽にお問い合わせください。
よくある質問(FAQ)
Q.コーポレートセクレタリーとカンパニーセクレタリーは違うのですか?
A. ほぼ同義です。英国・香港・シンガポールなど英米法圏では「Company Secretary(カンパニーセクレタリー)」、米国などでは「Corporate Secretary(コーポレートセクレタリー)」と呼ばれることが多く、いずれも取締役会の運営とガバナンスを担う専門職を指します。日本では「取締役会事務局」に近い概念です。
Q.日本でもコーポレートセクレタリーの設置は義務ですか?
A. 現時点で、日本の会社法はコーポレートセクレタリー(取締役会事務局)の設置を直接義務づけていません。ただしCGコード2026年改訂案は、事務局(コーポレートセクレタリー等)の機能強化を求めており、上場企業には実質的な対応が期待されます。
Q.取締役会事務局とコーポレートセクレタリーは何が違うのですか?
A. 従来の日本の事務局は庶務・調整中心の受動的役割にとどまりがちでした。コーポレートセクレタリーは、議題の能動的な設計、社外取締役の支援、取締役会への助言など、より戦略的・専門的な機能を担う点が異なります。
Q.CGコード2026年改訂はいつ適用されますか?
A. 改訂案は2026年4月10日に公表され、意見募集は5月15日まで行われました。2026年夏頃の適用が見込まれています(最新の確定状況は金融庁・東京証券取引所の公表をご確認ください)。
参考・出典
- The Chartered Governance Institute (CGI)「What is a Company Secretary or Governance Professional?」 https://www.cgi.org.uk/resources/factsheets/factsheets/what-is-a-company-secretary-or-governance-professional/
- Companies Act 2006, Part 12(英国会社法・カンパニーセクレタリー) https://www.legislation.gov.uk/ukpga/2006/46/part/12
- ICAEW「Company secretary | Roles, duties and responsibilities」 https://www.icaew.com/technical/corporate-governance/roles/company-secretary
- 金融庁「コーポレートガバナンス・コード改訂案の公表について」(2026年4月10日) https://www.fsa.go.jp/news/r7/singi/20260410.html
- 日本取引所グループ「コーポレートガバナンス・コードの改訂について」(2026年4月10日) https://www.jpx.co.jp/news/1020/20260410-01.html
- 大和総研「コーポレートガバナンス・コードの改訂案が公表」(2026年4月27日) https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/securities/20260427_025733.html
本記事は2026年6月時点の公表情報に基づきます。制度の最終的な内容は一次情報をご確認ください。


