上場会社は、持続的な成長と中長期的な企業価値向上の自律的な仕組みとして、コーポレート・ガバナンスの充実が求められます。また、東京証券取引所(「東証」)は、ガバナンスの対応について、市場区分に応じて異なる要請をしています。本記事では、市場区分ごとのコーポレート・ガバナンスへの要請と、その背景となる2022年東証市場変更について説明します。
1.市場区分ごとのコーポレート・ガバナンスへの要請
東証は、市場区分の見直しを行い、2022年4月4日より、市場区分をプライム市場・スタンダード市場・グロース市場の3つとしてます。コーポレート・ガバナンスに関しては、それぞれの市場区分のコンセプトに応じて、市場区分ごとに定量的・定性的な上場基準が設けられています。
プライム市場の上場基準
■コンセプト
多くの機関投資家の投資対象となるのにふさわしい時価総額(流動性)を持ち、 より⾼いガバナンス⽔準と投資家との建設的な対話を実践し、持続的な成⻑と中⻑期的な企業価値の向上への積極的な企業
■上場基準(ガバナンス関連)概要
- ガバナンス・コード:全原則の適⽤(⼀段⾼い⽔準 の内容を含む)
- 流通株式比率:新規上場基準、上場維持基準ともに35%以上(株主総会における特別決議可決に必要な2/3を安定株主が占めることのない水準)
出所:日本取引所グループHP「市場区分見直しの概要」
スタンダード市場の上場基準
■コンセプト
公開された市場の上場会社にふさわしい時価総額(流動性)を持ち、 上場会社に期待される基本的なガバナンス⽔準を具備し、持続的な成⻑と中⻑期的な企業価値の向上への積極的な企業
■上場基準(ガバナンス関連)概要
- ガバナンス・コード:全原則の適⽤
- 流通株式比率:新規上場基準、上場維持基準ともに25%以上(海外主要取引所と同程度の最低限の水準)
出所:日本取引所グループHP「市場区分見直しの概要」
グロース市場の上場基準
■コンセプト
⾼い成⻑可能性を実現するための事業計画の策定及びその進捗の適時・適切な開⽰がされるものの、事業実績の観点から相対的にリスクが⾼い企業
■上場基準(ガバナンス関連)概要
- ガバナンス・コード:基本原則のみの適⽤
- 流通株式比率:新規上場基準、上場維持基準ともに25%以上(海外主要取引所と同程度の最低限の水準)
- 考え方:事業規模、成⻑段階を踏まえた適切なガバナンス⽔準
出所:日本取引所グループHP「市場区分見直しの概要」
2.東証市場変更の背景
以前、東証には、市場第一部、市場第二部、マザーズ及びJASDAQ(スタンダード・グロース)の4つの市場区分があり、2013年の東証と大阪証券取引所との統合前の基本的な市場構造が維持されてました。一定期間が経過し、東証における検討の結果、2019年3月に「現在の市場構造を巡る課題(論点整理)」が取りまとめられ、その後金融庁の金融審議会での検討を経て、市場構造の見直しが進められました。見直しの目的について「金融審議会市場ワーキング・グループ 市場構造専門グループ報告書」では、以下のように説明されています。
見直し前の課題
- 5つある各市場区分のコンセプトが曖昧
- 各市場区分のコンセプトは曖昧であり、多くの投資家にとって利便性が低い。特に、市場第二部、マザーズ、JASDAQの位置づけが重複していてわかりにくい。
- 上場会社の持続的な企業価値向上の動機付けに乏しい
- 市場第一部へのステップアップ基準が低いことや、新規上場基準よりも上場廃止基準が大幅に低いことから、上場後も新規上場時の水準を維持する動機付けにならない。
- 「TOPIX= 市場第一部」となっており、 投資対象としての機能性を備えていない
- 多くの機関投資家がベンチマークとしているTOPIX(東証株価指数)は、市場第一部の全ての 銘柄で構成されているため、投資対象としての機能性に欠けており、時価総額や流動性の低い銘柄の価格形成に歪みが生じている懸念もある。
見直しの目的
上記の課題を解決するために、各市場のコンセプトの明確化や株価指数の改定等により、
- 上場会社やベンチャー企業の持続的な成長と企業価値の向上の動機付けがなされること
- 内外の投資家にとって魅力あふれる市場となること
を目的とし、更に、こうした市場機能の向上により、企業価値の向上と収益の果実が家計を含む我が国全体にもたらされることが期待される。
また、同報告書では、市場区分の見直しとともにTOPIXを見直し、市場区分とTOPIXの範囲を切り離し、かつ流動性を重視して企業を選定することが適当としています。これに伴い、東証は、TOPIXの構成銘柄について、市場区分と切り離し、2022年10月~2025年1月にかけて段階的に移行を進めています。また、2022年4月より、銘柄選定の基準となる流通時価総額(浮動株時価総額)算出上の浮動株から、政策保有株が除かれることとなりました。
3. まとめ
コードにおいて、コーポレート・ガバナンスは「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の⽴場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を⾏うための仕組み」とされているように、各社の状況、成長フェーズやステークホルダーに応じた対応が求められています。2022年のコードの改訂は、市場見直しの趣旨に対応することがひとつの目的でした。そしてコードの適用について、以前は、市場第一部と第二部は全原則適用、その他は基本原則のみであったところ、市場見直し後は、グロース市場以外は全原則適用、プライム市場はより高水準の対応が求められることになり、会社の状況によりメリハリのついた適用となりました。今後、特に海外投資家の注目が高いプライム市場上場会社を中心に、グローバル水準のより一層高い水準の対応が求められるていくと考えられます。